ある科学者の告白
         科学者 西浦崇文氏の言葉


技術者が命がけで作ったモノとか、誰かがのたうちまわって突き詰めたから教科書にかかれることになった一行の知見・・・
科学の成果はけっして血の通わないものではなく、むしろ芸術や、スポーツ選手が見せる輝きのようなものがあるんだということを、学生さんや、自分の近くにいる人たちにだけは、なんだか分かってほしいのです・・

「私個人については、地位もお金も満足してます。わりと仕事を好きなようにやらせてもらっておりますし(妙なアイデアで外すことしきりですが、いまのところクビにされてはおりません)。
お金も地位も、くれるというなら拒みませんが、それが得られたとて、今、心から欲っするもの(好きな人のキモチであったり、母の健康であったり、人により理解してもらうことであったり、科学上の「なにか面白いこと」の発見であったり、感動的な演奏をできる力や素敵な写真を撮れる力であったり、20代のころの体力であったり)は地位があっても、お金があっても手に入るものではないので、今のままで満足なのです。それに「地位」ってもので大多数にシステム的/形式的に認められるよりも、大好きな人達に心から私を認めてほしいのです。
今は、「こんなんできへんかな?」が実現可能な場所にいさせてもらっていることが嬉しいです。むしろエラくなって、大学というシステム維持のためにする会議なんかに忙殺されて、いろんなことを考えたりする時間や好きなことをする時間が減るほうがいやです。
私はそうなのです。でも、頑張っている学生さん達やこれからの科学者達には、地位や経済的に、それなりの報いがあってほしいと心から願います。
あまりにも、技術者とか研究者の処遇が悪すぎます・・。
スポーツ選手と同じくらい命を削って研究をしている人もいます。
学費のために食費を削ってたりする人もいます。お休みの日にデートしたり・・結婚をしたり・・なんて幸せを諦めざるを得ないことだってあります。大学卒業して、5年間博士課程にいって、研究員とかやって・・気がつけば、よくて30over。年齢で足切りされることの多い日本では、転職すらままなりません。それで、収入も低く地位もそんなにって・・・。「下北サンデーズ」で描かれた演劇界(え?リアルにも演劇界ってそうだって??)のようです。
運良くノーベル賞やフィールズ賞が取れたとしても、株で大もうけした人や、開業医さんや弁護士さんの収入や、プロ野球選手やサッカー選手の年俸とは比較にならない(下手すりゃ新人の契約金以下かも)し、新聞にちょろっと載るだけで、一般の人には一生を費やした研究の内容を理解もされず、数年後には忘れ去られて下手すりゃ「あの人は今」に登場。Mっ気のあるひとか、なにか他に喜びを見つけた人でないと、こんな商売やろうと思わないです。
「科学者」って職業を選ぶってことが、「率の悪い賭け」だと認識されているのです。世間には。いつも「理科離れ」のシンポジウムとかで、コメントで発言したりするのですが、そんな現実にも原因があるのだ・・ということから目をそらすべきではないと思うのです。
ものすごい才能を秘めた人が、科学者にならず、他の職業に流れてしまう。私にはそれが凄く残念なことに思えるのです。高い山には、どうしても広大な裾野が必要。広大な裾野が無い限り、頂点の高さなんて、たかが知れているのです・・。」






昔から、レポートとか、論文を書くのが苦手です。「え?それで食ってるんちゃうん?」という話もありますが、できることなら、論文なんて書きたくないし、発表もしたくない、世界で自分しか知りえない知識ですから、独り占めしたいというのもあります。
でも、本当に「どう書こう???」と悩みっぱなしです。一日、数行しか進まないこともしょっちゅう・・というか、ほとんどです。なにかの現象を図面にしたら、もうそれで十分な気がするのです。それ以上説明するのが、苦手なのですわ。
ある挙動からわかることって、そんなに多くもないし、仮説の上に仮説を積み上げてもなんにもならないような気がして、ものすごくあっさりとした記述で終わってしまいます。(だから私の論文って、絵本みたいです。なんだか・・)たとえば、「○○の分解温度は、分子量の増大に従って低下します。●●も同様ですが、減少の度合いは○○よりも小さいです。(ここまでは、図面をみたら分かるので、書かなくてもいいような気がするのです・・・)減少度合いが変わるのは、分子の運動性が変わるからだろうと推測されます。(これは仮説)」とか。このあと、「たとえば、××な現象でも、そういう分子量依存性が観測されているので、この仮説もちょっとは信用できるんじゃない?」・・と続きます。ね、たいして情報量ないでしょ??こんな記述いるんかなぁ?と思ってしまうのです。
膨大な実験を行っても、言えることなんて、ほんのちょろっとしかないのです。私のやってる領域だけなんすかね??超シンプルな系なのに、それですら、あまりにも変数が多すぎて・・。でも、人間のできることなんてそんなもんなのかもしれんですなぁ。
「エセ科学」もおかしいと思いますけど、なんでも科学の語法で説明できる(なんでも、プラ○マのせいとかね・・)というのも違うよう・・まるで「科学教」の信者さんのように見えます。・・そういや、超複雑系を扱っている人達が、最近、えらい大風呂敷を広げているような気がしてならないです・・。針小棒大な宣伝と相まって、訳の分かんないことになってるような・・。






私の研究室は、高分子科学の研究室です。「高分子」ってのは、「モノマー」と呼ばれるユニットがたくさんつながった(100個とか・・)、長い分子のことをいいます(すごくざっくり)。で、モノマーのなかには、表裏があるようなものがありまして、つなげるときに
(先頭)-表表表表表表・・・−(最後)
(先頭)-表裏表裏表裏・・・−(最後)・・・
などといろんなつなげ方ができます。そのつなげ方や、つなげ方によって物質の性質がどのような変化をするのかを研究しています。
「つなげ方によって物質の性質がどう変化するか」と、簡単に書きましたが、それが、大問題。「長さの影響があるんじゃないか?」「先頭の形はいっしょか?」「最後の形はいっしょか?」・・それを調べるためには、「つなげ方"だけ"がちがう」・・いわば双子の分子をつくらないといけないのです。人間の浅知恵では、まだ、完全に分子の長さをコントロールすることすらできず、合成高分子は、長さの違った分子の混合物になるのです。私たちのグループは、以前紹介した超臨界流体クロマトグラフィーの力をかりて、長さごとに分ける..って方法をとりました・・そうやって、長さの影響をなくしていきました。
そんな感じでいろんな可能性を一つ一つつぶして行って(10年単位で時間がかかることもあります)、「表裏表裏・・・のほうが、表表表表・・・よりも、柔らかくなる温度が高いです。」なんてことが胸を張って言えたりするのです。わずか1行です。
それも「表裏表裏・・のほうが、表表表表・・よりも、柔らかくなる温度が高いです。(少なくとも私が実験した分子の長さでは。)」
という注釈つき。科学の現場って、そんななのです。
泥臭いです・・。泥まみれです。人間ごときが、「真理」なんていうものに迫っていくにのは、泥まみれ血まみれで這って進んでいくしかないのでしょう。
よく、私は「たった一つの数字のために血反吐を吐くこともある」といってますが、誇張でもなんでもありません。本当のことです。
「ニセ科学」といわれるものに、僕はものすごく嫌悪感があります。
真偽以前に、手を抜いたデータの集め方じゃ議論する価値もないと思うからです。何かの効果をうたうなら1000や2000のサンプルで検証するのは当たり前なのです(それでも少なすぎると思いますけど)。






バイオガソリンが日本でも発売。

「環境に優しい」とか「地球温暖化STOPの切り札」(「化石燃料削減の切り札」...ならわかりますが。)とかいわれてますけど・・。
燃やしたら、二酸化炭素出るよ??
なんか、「出した分を植物が吸収してくれるから・・」って言ってますが、それって帳簿上で「排気と見なさない」だけでしょ?
それに植物減って行ってるんじゃないの?
蒸留プラントをつくったり、それを動かしたり・・結構新たにエネルギー使いまくってるような・・。
本気でCO2を削減したいなら、"燃料"にしたらあかんでしょう・・。
「つかわない。」しかないのです。「天然原料だから環境にいい」とか、そんな宣伝文句で思考を停止してはいかんのです。
いつも、いっていることなのですが、「知らないのは罪じゃない、でも知ろうとしないのは罪」なのです。






学生実験、今週は担当ではないのですが、高分子合成実験の第一チームが実験をやるので、ちょくちょく見に行ってます。
おおむね良好で、ちょっとほっとしてます。
テーマ自体は私が学生の頃から・・いや、多分、学部が設立以来やっていて、K教授も学生時代にやったはずというテーマなので、新しいこともなにもないのですが、人がかわれば結果も(ある程度)かわるし、理解の程度もまちまちですから、やはり心配なのです。
よく、「大学の講義は毎年同じことばっかりやってる」、「十年も前のことを繰り返しやってる」、「最先端をおしえていない」なんて批判をうけることもあります。それで大学で学んだことは役に立たないとかいわれるんです。毎年同じ題材だって、聞く方がちがうんですよ?なにが問題あるのか、わかりません。それに、すぐ「最先端」とかいいますけど、がちがちの基礎があってこその最先端です。それに講義で話されるようなところは「最先端」ではありえないのです。
"The best way to predict the future is to invent it"(未来を予知する最良の方法とは、それを生み出すことである。)と言いますが、「最先端」を学ぶ最良の方法は、それを自分で切り開くことだと思うのです。
私は、大学ってそのツール(それは考え方だったり、表現方法だったり、物質の量りとり方だったりイロイロですが)を身につけてもらう場所だと思っています。



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