天然仕上げ砥石について その二

ここのところ、天然仕上げ砥石をいろいろと試しているのですが、人造砥石は中砥までは天然ものを凌ぐものが作られているものの、仕上げ砥石になると天然物に遠く及ばないのは、物理的な作用だけではなく、何か化学的な作用が関係しているのではないかと思われるのです。このことについては当然ながら、人造砥石メーカーでは様々に研究されています。先日そのことについて科学者の知人(化学が専門)と雑談していたら、とりあえず、人造砥石と天然の研ぎ汁のペーハーを調べてみてはどうか、と助言されたのです。「ペーハー」などという耳慣れないコトバに一瞬頭がクラクラっときましたが、これはpHと書き表すのだそうです(最近ではピー・エイチと読むのが正しいということです)。我々の世代はリトマス試験紙しか知りませんが、小学生の頃に理科の実験でやったことがあります。酸性の液体に浸したら赤くなってアルカリ性の液に浸けたら青くなるヤツですね。このリトマス試験紙の判定精度が高いものをpH水素イオン濃度試験紙と言うのでしょうか・・。
とにもかくにも、とりあえず、それで研ぎ汁を調べてみてはどうか、ということなので、やってみることにしました。これくらいのことは、人造砥石のメーカーだったら試していることなのでしょうが、ま、こういったことは嫌いではないし、自分の目で確かめておくのも必要かな、と思う次第であります。




ということで、まず手始めにこれら4点の砥石の研ぎ汁を調べてみようと思います。これらは産地は違いますが、ほぼ同じような反応をするものです。厳密に言えばそれぞれ研ぎ心地は違いますが、ほぼ同じような反応をするということです。同じよう、といってもこれは私の感覚ですから、科学的でもなんでもありません。その点はご了承のほどを。
上の写真の砥石は左から京都・音羽山産−京都・新田産−滋賀・高島産−京都・大平産のものです。それぞれ水に濡れていない状態です。





これは左端の音羽山産の砥石。左の写真は砥石自体の汁で、右の写真は鉋の刃を研いだ研ぎ汁です。砥石だけの汁では反応はほとんどありませんかね・・この試験紙ではpH6から7で、ほとんど中性のようですが、刃物を研いだ汁はpH8くらいですか・・これは弱アルカリといったところでしょうか・・。ところが、研ぎ汁自体が鉄分で黒くなっているのでこの色が付いているだけかもしれません。この場合、どのように判断すればいいのでしょう・・早速つまづきました・・ま、とりあえず保留しておいて次ぎにいきましょうか。





これは新田産。写真左の砥石自体の汁はpH5から6くらいでしょうか、中性かちょっと酸性ですかね・・。右の研ぎ汁は上の音羽山と同じくらいのpH8くらいで、弱アルカリとしておきましょう。




これは滋賀県の高島産。これも上の新田産とほぼ同じで、左がpH5から6の弱酸性で右の研ぎ汁はpH8の弱アルカリ性としておきます。




これは大平産。左の砥石の汁はpH5くらいで、弱酸性ですか・・。研ぎ汁はpH7くらいで中性としておきます。こうして、ほぼ同じ研ぎ心地の4産地の仕上げ砥石の研ぎ汁を調べてみましたが、共通していることは、砥石自体は中性から弱酸性で、鉄分を含むと弱アルカリ性になるということです。ということは鉄分というのはアルカリ性なのでしょうか。それとも砥石の成分と鉄分が反応してアルカリ性になっているのでしょうか・・どっちなのだ・・?




因みに上の写真の左側2点の砥石は人造砥石の中砥です。
違うメーカーのものですが、研ぎ汁はpH9から11、同様に強いアルカリ反応を示しています。右端は滋賀・高島産のもの。
これはpHH7くらいの中性ですね。pHが1違うということは、水素イオン濃度にして10倍違うことになるということで、最後の写真の中央のものなどはpH7の中性と比べると10000倍の濃度の違いがある(この場合は水素イオン濃度が薄い)ということになるのだそうです。仕上げ砥石の天然ものと人造ものの仕上がりの違いはこのあたりに原因があるのでしょうか・・
鉄そのものは酸性でもアルカリ性でもないということですが、鉄の化合物となるといろいろ性質が違うのだそうです。ですから研ぎ汁がアルカリ反応を示しているのは、何らかの砥石の成分と反応している可能性が考えられるのでしょうか。
あと可能性として考えられるのは、砥石そのものは水に溶けないので、研ぐ前は中性だが研ぐことによって砥石の成分が削られ微粒子となり、それが可溶化してアルカリ性を示しているとも考えられます。実はこの写真中央の砥石は、現在数ある人造砥石のなかでは最も優れていると思われるシャプトン社の「刃の黒幕シリーズのgrit2000です。2000番は中砥のなかでは細かい粒子のものです。ここまでの粒子の砥石は天然砥石より優れています。紹介したサイトのなかの商品説明に「新しい複合剤を加える事により、天然砥石の研ぎ感を実現。」とありますが、この新しい複合材というものが強いアルカリ反応のもとなのでしょうか・・・確かに「刃の黒幕」シリーズの砥石1000、1500は優れた天然砥石の研ぎ感があります。2000番は少し違った感触で、刃物に粘り付きすぎてちょっと研ぎにくい感じがしますが・・。






これは某メーカーの人造仕上げ砥石8000番。左の写真は砥石を削った粉を含んだ水にpH試験紙を浸したものです。強いアルカリ反応を示していてpH11くらいでしょうか。右は鉋を研いだ汁ですが、pH9くらいでしょうか、ややアルカリ度が弱くなっているようです。鉄分と反応して水素イオン濃度が濃くなったのでしょうか。砥石汁よりも研ぎ汁の方が水素イオン濃度が濃いというのは、天然砥石と反対の反応です。このあたりは興味深いですね。




これが研ぎ上げたものです。写真では分かりにくいですが、地・刃ともに同じように鏡面状態になり、ギラギラとして何かイヤな感じがします。所々にキズも付いています。切ることだけを目的とすればこれで十分でしょうが、美しさを感じません。天然仕上げ砥石に比べると吸水性が強く、研いだときの手ごたえもギクシャクとして何か不自然なものを感じます。




これは上の人造砥石と同じくらいの粒度の天然砥石で、京都八木ノ嶋産巣板です。写真左の砥石粉の反応はpH7ほどの中性で、右の写真の研ぎ汁はpH8の弱アルカリでしょうか。




これが研ぎ上がった鉋刃。上の人造砥石で研いだものと同じものです。地鉄(じがね)と鋼(はがね)がくっきりと分かれ、全体にしっとりとして落ち着きがあります。地鉄の沸(にえ)も現われています。手許には上に挙げた人造仕上げ砥しかありませんが、他のメーカーのものには天然ものと同様の研ぎ感と仕上がりのものが存在するのでしょうか。もしそういうものをご存知の方は、ぜひご一報お願いいたします。



さて、次ぎには同じ産地のもので反応が硬いものと柔らかいものを比較してみたいと思います。




これは滋賀県・高島産の硬めの巣板です。これまでの天然仕上げ砥石と同様に、砥石汁はpH7の中性で、研ぎ汁はpH8くらいの弱アルカリ性です。




そしてこれは同じく高島産の柔らかめの巣板です。pH反応は硬めのものとほぼ同じです。




これは京都・大平産のものですが、おそらく戸前だと思います。やや硬めのものです。これも上の高島産のもの2点とほぼ同じ反応です。




これは刀剣の研ぎに使われる京都・大平産の内曇砥です。やや柔らかめのものです。これも他のものとほぼ同じ反応です。こういったように、手許にある天然仕上げ砥石40点ほどの反応を調べましたが、ほぼ同じ反応を示します。ただし、1点だけ少し違った反応のものがありました。




これは京都・菖蒲産の巣板ですが、砥石汁も研ぎ汁もほぼpH8と、同じ反応と云えるのでしょうか。研ぎ汁の方がややアルカリ度が強い感じですか。こういった反応は他の産地には見られないものでした。




最後に、これは京都・鳴滝産の巣板です。砥石そのものはpH6くらいの弱酸性でしょうか。研ぎ汁はpH7の中性としておきます。これまで調べたなかでは研ぎ汁のアルカリ度がもっとも低いようです。これは硫黄成分の影響でしょうか。この砥石は鳴滝産にしては硫黄分は少ないということです。ですから砥石自体からは硫黄臭はしていませんが、研ぎ汁はやや臭います。
以上、天然仕上げ砥石と一部人造中砥、人造仕上げ砥の砥石汁と研ぎ汁の水素イオン濃度を調べてみましたが、だからどうなんだろう、という思いしか今はありません。


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