順徳院御琵琶合
承久二年
(1220年)三月二日

順徳院の琵琶合
びわあわせ群書類従の管弦部に収められていますが、歌合うたあわせと同様、二つの琵琶(楽器)を番つがいとし、比べて勝ち負けを決めていくものです。
因みに、源氏物語では絵合
えあわせが行われていて、また、香道では香合こうあわせというものが行われています(参照)。
順徳院琵琶合では十三番の勝負が行われていますが、ということは、26面の琵琶が登場していることになります。また、これらの琵琶にはみな名前が付けられています。 記述に際し、判りにくいと思われる箇所は適宜補足し、漢字や平仮名に書き代えました。漢文で書かれてある箇所は適当に読み下しました。
間違いなどあればご教示いただくと助かります。



一番
左・美濃
(琵琶の銘・名前)
右・井手
  美濃:上下の音
(高音と低音)相叶いて殊勝なり。
もと、腹の木
(響板・表板)甚だ柔らかにして、その音りやらめく所なし。 しかして、去る頃、 承久二年二月、新たに腹を造り改めて後、その音すでに一倍せり。遊びに使いし時その音殊勝なるのみならず、大楽(合奏)に於いてこれを用いむかた同様なり。
  
  井手:殊
ことに音に勢いあり。昔より名誉事成る物なり。平等院経蔵の琵琶の内、本願ことにこれを重ず。 けぢかくて(近くで)聞くには渭橋(いきょう・琵琶の銘、 十一番に登場する)に過ぐべからずか。 しかしながら攻め力ことに有りて、たとい力尽くしてこれを弾くといえども 聊いささかもひびらく所なし(ギターで云う「ビレる」ことだと思われる)その條に至るは、霊物の外ほかこれに過ぎたるはなし。 大楽中(合奏中)に於いて、その音不足なし。 是は貞保親王の「愛宮」と称する琵琶なり。
この番
つがい、左右とも名物の中でも上物を為す。実にも勝劣なし。井手はその音甚だ烈はげし。そうそう急雨の如し。美濃はその音尤も健やかなり。四絃一声帛(絹)を裂く如し。
此れを持
と定めし(引き分け)


二番
左・木絵
もくえ
右・小琵琶
こびわ
  木絵:音勢などはいたく大きならねども、声色
こわいろことに美しく、 ゆるゆると聞こゆ。泉流幽咽し(静かに流れ)、 水下に難かためるに似たり。昔は摂録の家の宝物にて、鳥羽院御時より勝光明院に施入せらる。
  
  小琵琶:声色ことに美し。また、したたかなる所もあり。これは上東門院の琵琶と云ふ。大略其音左・右似たり。
持と為すに宜しき。


三番
左・花園
右・狛犬
  花園:音勢あり。新造りの琵琶なり。
凡そ近代の琵琶、五嶺の嘉木、五折の殊材たやすからねば
(良材が手に入りにくいので)、半ば花梨木を以って造りて、その中には聊かりやらめく所あり。
  
  狛犬:孝定が琵琶なり。本名獅子丸。もとは声色乾きたるやうにて、したたか鳴るばかりなり。孝道
八音抄の作者)伝へ得て後、様々に繕はしむといへども殊事なく、然して近日孝道仰せて、造り様に随いてその音異なることを知らむため、文梓を折り、香檀割りて新たに琵琶を五・六造りこれを試せし。次に孝道この琵琶(銘:狛犬)を造り改めれり。仍よりて、その音事外ことのほかに心強くなれり。音勢もとよりは小さくなりたれども、 声色すこぶる品あるところの出来。然して猶なほ、花園普通の琵琶にとりては良き琵琶なり。
仍て花園の勝ちと為す。


四番
左・賢圓
(円)
右・三等
  三等:音勢あり。声色
などはいと最上にはなけれども、良き琵琶がらなり。
  
  賢圓:声色悪しからずと云えども、音勢もなし。
雑木の琵琶なれば、りやらめく所はなけれども、嵯峨供奉が琵琶たるによりて、先達頗るこれを賞翫す。
然るに三等は、甲
(琵琶の背面板)も紫檀にて事外に良きものがらなれば、いかでか勝たざらむ(三等の勝ち)


五番
左・十二時
右・新御前
  十二時:音勢などはあれども、音色いと良くもなし。雑木の甲なりと云えども、見目良し。
音も普通には過失なし。
  
  新御前: これは蓮華王院宝蔵の琵琶を暫時しばらく明院入道親王に 預け申せらるるものなり。音勢は大略
(ほぼ)同程なり。声色は頗る勝るか。
仍て新御前の勝ちとなす。


六番
左・大鳥
右・黄菊
  大鳥:音勢あり。したたかなる琵琶なり。声色はなつかしく、けぢかき所はなけれども、攻め力あり。
普通には良き琵琶なり
(大鳥については、古今著聞集402段に記されています)  (参照)。
  
  黄菊:紫藤
(材種)の甲によりて、音色殊のほか澄めるところあり。
仍て黄菊の勝ちとなす。共に新造りの琵琶なり。


七番
左・大唐花
右・御前
  大唐花:殊のほか音声あり。上下相違はず。
なつかしく、りやらめきたることは無けれども良き琵琶なり。新造りの琵琶なり。
  
  御前:名物の他には名誉の物なり。音勢あり。
凡そ
(およそ・すべて)の柱などは強く鳴る良き琵琶なり。但し、甲のうちとに紫檀(材種)を伏す(接ぎあわせるの意か)。中頃多くこの様用ゆ。仍てことなるりやらめき声などはなし。
然して聞こえ高き物なれば、右強き持とす
(やや右の御前が強い引き分け)


八番
左・三日月
右・小唐花
  三日月:普通には過失なき物なり。
りやらめき音などは無けれども、音色も尋常なり。ことに風香調
(調弦の一種)などにてよく鳴る琵琶なり。新造り琵琶なり。
  
  小唐花:良き琵琶なり。
りやらめき声などは強
あながちに優れねども、声色などはゆへびて(優美の意か)聞こゆ。
右強き持などにや。


九番
左・白龍
右・新白象
  白龍:紫檀の甲を為すに依りて声色頗る優なり。非凡名物、並びに黄菊のほか番とすべき琵琶なし。新造りの琵琶中、上品なり。
  
  新白象:紫檀の伏せたればにや、音色などは悪しからねども、浅々とある音なり。中品のものなり。
この度の十三番の内、この琵琶劣るなり。荒琵琶の中に尋常のものは両三あれども、今だ造り定めぬものなれば、善悪につき後悔あるべくに依りて、この度の番
つがいとせず(琵琶合わせに用いない)。仍て古物なるに付てこれを入れるところなり。
勝負に左右なし。
琵琶は時に随いその音に勝劣出来事あり。仍て勝負執り行はせるは之が故なり。猶、予想して之に合わず。中々番
とするところ異様のものなり。実を以って雲泥なり。


十番
左・犬引
右・毛長犬
  毛長犬:名誉ある物なり。実にも音勢ある琵琶なり。然しながら、今日事外にその音勢劣に聞こゆ。雑木により造られし琵琶なる為か。
  
  犬引:花梨木の甲と雖
いえどもその音頗る尋常なり。けぢけきさまの声あり。
犬引の勝ちと為す。


十一番
左・渭橋
いきょう
右・大紫檀
  大紫檀:頗る宜しき物なり。
声色などはゆへゆへしき所あり。音勢はさまでならねども、悪しからぬ琵琶なり。
  
渭橋:音勢もあり。声色殊勝なり。したたかなる所も相具せり
(そなえている)。名物の内上と為す。その音も優なり。渭橋の勝ちと為す。
この琵琶、紫藤の甲なり。渭水橋を以って之を造る。仍て渭橋と云ふ。ある説に曰く、為堯が琵琶なり。仍て為堯と号す。為堯は正暦の人なり。その以前は名無きか。この説頗る不審なり。
凡そ我が朝の
(日本の)琵琶、十面の名物あり。その内無名の物中古に焼失させ、 この後九面となりぬ。仍て今日渭橋を普通の琵琶に番う(つがう・琵琶合わせに登場させる


十二番
左・良道
右・元興寺
がんごうじ
  良道:声色ことに美し。いかいかしきところもあり。音勢は小さけれども りやらめき声など殊勝なり。右大臣是公孫 藤原良道が琵琶なり。 仍て良道と号す。ある説に曰く、裲襠を着る者を撥面に画くによりて、これを裲襠と称すと云ふ。
  
  元興寺:声色ことに潔くもろし。りやらめく所あり。この琵琶、その音 玉盤に大珠小珠落つるに似たり。昔この琵琶元興寺に施入せしものなり。長暦年中、彼の寺
(元興寺)別当、脩理用途に充つるを欲し、この由に叡聞に達す。納殿砂金を賜り之を召すと云ふ。于後、冷泉院に至る。禁裡(宮中)に在り。その後、富家入道 平等院経蔵に置かせし。而して元久二年(1205年)二月二日、 琵琶、笛等を替え、之を取らせし。殊に名誉ある上、実にも殊勝なる物なり。
聊か右強き持とすべし。


十三番
左・玄象
げんじょう又は玄上
右・牧馬
ぼくば
  玄象:凡そ我が朝の宝物と雖も勝負沙汰に及ばずによりて、音の次第同様に注がず。時代久しく積もり当要に叶うことなし。この間善悪を弁じ難ずの短慮及ばず。咸池は黄帝楽なり。 子野に鼈
あこうを齎すもたらすを聞かず。良驥は呉の王なり。孫陽駑騫(どけん・のろい馬が飛ぶの意)に同じく見ず(玄象という琵琶はたいへん珍しいということの譬え)。玄象今に至るは、潜魚の心無くも、幼児の言わずも感ずべし(当然のことであるの意)。誠にこれ日域無双の霊物、宸居累代の名器なり。
  
  牧馬:醍醐天皇の御琵琶なり。玄象と共に朝夕之を玩び給う。二霊物と称す物即是なり。りやらめく音を持ちて、琵琶の至極とする事この二の霊物より起これり。今日、勝負決まらずに依り弾くに及ばず。わずかに軸を転じて
(調弦して)絃を撥きて、その音を聞くに、物より破れいづる(出る)がごときの声あり。所謂、銀瓶を破り乍ながら水漿の迸る様即この琵琶の音の姿なり。
凡そ、この道の
(琵琶に携わった期間)長き者と雖も、一両月も弾く後、おおかた其の音の淵源を知るべくなり。然して心五声の和に疎く、耳八音の調べに幽かなれば、わずかに曲調両三声を以ってその浅深を測るべからず。たとえば、高山に登らずば天の高さを知るべからず。その上、数年の経蔵の塵に埋もれて手慣らされざる事多くあり。今日之を注ぐと雖も後代亀鏡(きけい・模範)を備ふことなかれ。

りやらめく」 八音抄


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